禁酒365日目 禁酒一年でここまでの思うこと

酒を飲まずに1年を迎えるにあたり、ここまでの思ったことを一度振り返っておこう。

 

始める前まで、自分を意志が強いと思ったことは一度もなかった。

酒をやめることは単純な意志の強さの問題にしないで、酒を飲まなくてもいい考え方に変えることが重要に思う。

振り返ってみると、初期に「禁酒セラピー」「アルコール問答」を読んだ事は非常に有用だった。

「禁酒セラピー」に関しては、読むだけでやめられる。その根拠は、本によると実際のセラピーを受けた人ほとんどが酒をやめられている。アマゾンのレビューでもこれを読みやめられた人が多く、禁酒ブログで禁酒を継続している人も勧めている人が多い。

という客観的な事実だけ見て、内容に疑問を持たずに読むことが重要だった。これは固定観念を変化させる洗脳、自己啓発的な要素が非常に強いから。

 

飲酒は文化だから酒を飲む行為自体に意味がある、という考え方を「アルコール問答」は変えてくれた。

メソポタミア文明からビールは存在したかもしれないけど、酒の絶対数が少なかった昔は、ごく一部の貴族などを除けば産業革命前までアルコール乱用は世界に存在しなかった。アルコール依存症は近代的な病気で、日本に至ってはこの100年以内に顕在化した病気だという事だった。酒自体は、ハレの日や祭祀の道具としての文化的な意味はあれど、アルコールを日常的に摂取し続ける生活文化なんて古来より存在していなかった。

 

感情的な部分は、禁酒ブログを読み何年と継続する先輩方の初期のブログをみて、自分と重ね合わせたり、酒害を丁寧に書かれているものを読み知識をつけた。

また、ブログを始めてアウトプットするにあたり、アルコールと自分についての距離や今までの付き合い方を考えることとなり、その作業が禁酒を続ける意味を、より深める事になっていた。

この1年、当然、飲んで滅茶苦茶になりたいと思った時も、周りが酒を飲んでいる時になんで自分だけ飲めないんだろうと、逆切れするような感情を持ったことは何回もあったけど、

アルコールの害、アルコールを摂取したいと思う仕組み、依存症とは何か、という知識を持っていたので、その感情を理屈で分解する事が出来た。

酒を飲まない人生って何が楽しいの?という質問には、禁酒を始めて僕は20キロ走れるようになった。体力が下がれど上げ続けることは難しくなっていく30代以降、体力を付けていき若々しく人生を過ごす方がよくない?と逆に質問を持つように変わった。

 

それでも、自分の気持ちなんて明日にはどうなっているかわからない、という部分もまだまだある。歩いて3分の所にコンビニはある。いまだに酒を勧めてくる人もいる。

けど、その一杯を飲まないことを365日続けられた。

そんな飲まない生活を継続させるこれからの自信は、今までの継続させた時間しか与えてくれないという事が、この1年でわかった。

  

出来なくなった事も書こう。

酩酊する事がゴールの酒を飲むことが多く、泥酔してワケが分かんない状態になって脳細胞を壊す快感や、酩酊した状態で音楽を聴いたり踊ったりする事が大好きだったので、そういう選択肢は無くなった。

酩酊の中で色んな音楽の本質に触れられた事や、人と分かり合えたことが少しだけだけどあったと思う。そんな想い出や体験は、自分を構成しているパーツなのは間違いない。

でも、酒をのまない生活に変わったのなら出来ない選択肢も出てくるものなんだと、1年過ごす中で気が付けば割り切っていた。

  

去年は何をしていたかと思い巡らせても、どの季節にも酒がなかった日々が始まる。

明日からようやくビギナーを抜け出せるかな。気負いすぎずこの最初の1年の気持ちを忘れず、自分なりの生活を続けていきたい。

 

 

最後に、アクセス解析を見るとこんな末端のブログにだって、「禁酒」なんてキーワードから辿り着いた人がいる。

もしも酒をやめたい人がこのページを見てくれていれば、ほんの1年酒をやめただけの自分だけど伝えたい。

今少なくとも365日分を僕は先に進んでいるけど、そちらが10000日を迎えた頃には、365日分なんて誤差の範囲でしかない。

不確かな自分を持て余している事も、この先少なくなれど完全に無くなる事はないと思う。

そう見たらお互いの状況は同じ。

 

 

飲まない生活を始めるなら、変わろうとするなら、一緒に頑張りましょう。

 


RC Succession Wakattemoraerusa 1976.12.1

 

この歌の良さが いつかきっと君にも
わかってもらえるさ
いつか そんな日になる
ぼくら何もまちがってない
もうすぐなんだ

気の合う友達って たくさんいるのさ
今は気付かないだけ
街で すれちがっただけで
わかるようになるよ

いつか君にも会えるね
うれしいしらせを
持っていってあげたいんだ

 

 

清志郎の歌が40年経って届くこともある。

酒をのまない生活もいつかわかってもらえるさ。