時事問題を語るには無知無学なので、ブログでは個人的な話しか書けなかったけど、
依存症に悩む一人として、書きたいことがある。
所謂カジノ法案が、早ければ明日にも可決する見込みだという。
僕はタバコ、酒の依存で悩み、程度は軽いけどパチンコにはまった事もある。
止めたくても止められないと悩んだ時にも、それらはすぐ手に届くところにあり、現在はそれなりの決意を持って遠ざけ、知識を付けて、環境を変えて止めている事を継続している。
でも、明日いきなり再開してもおかしくないし、いつでも再開できる環境がある。
カジノ、覚醒剤にはまらなかった違いは何かと言えば、違法だという事で、物理的にも心理的にも手に入る状態ではなかった、というだけにしか思えない。
そのカジノが、自分の住んでいるこの国に出来る事になりそうだ。
カジノが出来ることの一番の目的に、彼らが見込んでいる経済効果がある。外国で成功している事例や、観光客の使う金額から試算するのだろう。
でも、マカオ、シンガポールでは中国語が対応出来るから中華系の富裕層が金を落とし、アメリカで成功しているカジノは、ブランド力と英語圏の人たちが遊べて集客が出来るから、自国民以外の人が多く金を使うんだろう。
では、この日本語単一言語の国でカジノを開くとして、その見込んでいる経済効果は、一体幾らを海外の人が使う金額として試算しているのだろうか。実際には日本に住む人の金を幾らまでターゲッティングしているのだろうか。外国の人が遊べるレジャーを充実させると言いながら、釣り針が実はこっちを向いているように見えてならない。
ギャンブル依存症の事もケアしてますよ。
と、政府はお題目を発表する。
大きな産業になるからカジノに興味を持たせるために、美男美女がテレビや雑誌で楽しく紹介して、イケてるといわれる若い子達が、広告会社から金をもらってSNSで広める。
欲を刺激されて心理的なハードルも下がり、カジノに通い、結果抜き差しならなくなった庶民は、はまったあなたが悪いんだとあしらわれる。そんな、酒とタバコで通ってきた道と同じになると思えてならない。
パチンコや公営ギャンブルの依存症と、携帯ゲームで課金する人まで含めた潜在的なギャンブル依存症を合わせた人数は、すでにもう何百万人といるだろう。これに加え公営カジノが出来れば、カジノ依存症が誕生して、本人は悩み、家族は傷つき、周りも困るだろう。
でもそういう状況を生み出したのは、依存症の理解がない社会では、他のギャンブル依存症同様に、システムではなく個人の問題という事になる。
サイコアクティブ物質やギャンブル、ポルノは、脳内に直接作用するから、依存する人、しない人という体質や性格の個人差ではなく、使用している以上誰もが依存形成の途中にいて、程度の差でしかないのにも関わらずに。
この入り口が出来る事で、日本に住む1億2千万分の何人かでも、新たに確実にぶっ壊れる人達がいるんだ。
30代にもなれば、家族や恋人や大切な友人と、穏やかな日常を過ごせることが一番の幸せだとわかる。自分たちの住んでいる国のトップが、その価値観を壊す事を積極的にやっている。
一方で、外国で普通に存在しているレジャーくらい受け入れる社会の余白はあってもいい、という考え方も非常にわかる。
でも酒の依存性の面でさえ正しい情報が伝わっていないこの国で、依存症と表裏一体のレジャーを、正しくコントロールができるとは思えない。1缶飲み干せば適量のアルコール量を超える缶チューハイが、ジュースより安く売っている国だよ?
レゲエを凄い聞いていた若い頃にバビロン、バビロンと口走っていたけど、金を稼いだり社会で生活をする以上、自分もその一部だと当たり前のことに気付いて、恥ずかしくて言わなくなった。
でも、欲を焚き付け、人の幸せを壊してまで利益を追求するこの法案は、バビロンシステムだとはっきりと言える