禁酒202日目 THA BLUE HERB という存在

録り溜めておいたパイレーツロックという映画を見た。

10代の頃悶々とロックを聴いていた人には必見の素晴らしい映画だった。

音楽系映画では僕のTOP5の4位に来ました。ロック好きはぜひ。

TOP5

1位 クレイジーハート

2位 ヒューマントラフィック

3位 ハイフィデリティー

4位 パイレーツロック

5位 あの頃ペニーレインと

バクマンも良かった。最近「日本で一番悪いやつら」「葛城事件」「シンゴジラ」と見に行ったけどどれも良かった。邦画最近面白いですよね。

 

 

酒をやめて運動している、というとストイックなんだね。

というような事を言われる事が多いけれど

いやいや、そのストイックという言葉は彼らの差す言葉とは全然違うから違いますよ

という事を思う。

 今の30代にとって日本語ラップというのは特別なジャンルだと思う。

小学生の頃DA・YO・NEと今夜はブギーバックが一斉を風靡して、m.c.a.tやグローブのラップがチャート番組やコンビニで掛かりまくっていた。

一方でアサヤンに様子の違う集団が出ていたり、夜中ラジオを聴いているとブッダブランドと名乗る英語混じりの日本語のラップが流れていたりしていた。

Dragon Ashが流行りだして、格好いいラップというのが認知されだして、ZEEBRAが悪そうな奴は大体友達という最強のパンチラインを残したことで世間一般にラップ表現の奥行きが広がった。

CDの視聴ができない当時、有名だというだけでラッパー達のCDを買い、ピンとこなくてもこれは自分の聞き方が違うのかなー、もう少し年取ればわかるようになるのかなーとか思いつつもたまに地元のクラブに行って遊んだりしていた。

NITRO MICROPHONE UNDERGROUNDなんかのラッパー達が雑誌に載って音源も格好いいみたいに思っていた当時には東京のシーンが全てだと思っていた。

THA BLUE HERBというグループの名前は雑誌やタワレコで知っていた。

彼らの音源を聴き始めてから今年で14年目になる。

初めて聞いた1stアルバムで彼らはこう言った

行動の前に諦めの言葉を書き溜めちまってるような奴は針を上げてくれ
ココで俺たちは今までお前に言わなかった事や
今迄お前に言えなかった事 とにかく言いたい事全て言い切る
全ての音楽に感謝を捧げながら
あえてスタンツブランツヒップホップのスタンスでルネッサンスを起こすんだ

 

生まれた国や、住んでる街や、コネが勝敗を分けることは何度もあるだろう
だがな覚えとけ俺達は、北の片隅で仲間を集めて愚痴を並べて
そんな身の上を酒で流すような真似はしない
北の本物は言い訳や負け惜しみを堪えてやるべきことをやるんだよ

 

ラップはとにかく他のラップとは違うし、トラックは訳わかんないけどヤバい雰囲気がブリブリしているという引っ掛かりからハマりだして、聴き込んで聴き込んで気付けば彼らの言う札幌、平岸まで行き札幌の地下のクラブまで辿り着いていた。その北海道の旅から自分にとって札幌が特別な街になった。

彼らの音源は他のミュージシャンとは一線を画す内容だった。

MCのBOSS THE MCはネパールの路上の売人の物語や、自分達の売れない時代を宮沢賢治の詩と重ね合わせ、マヤコフスキーの革命の詩から着想を得て、時にイデオロギーの対立や歴史をラップして、ハウスミュージックで踊る絶頂の瞬間を描写する、そしてベースに歌っていることはHIPHOPのルールで勝ち上がり方や生き方を歌っている。

という。20歳頃の自分では内容が巨大すぎて、理解するという事では聴ききれていなかったけど、若い頃自分探しの真っ最中には、ともかく、音源を聴きまくった。

彼らは自分達の立ち位置を行くも地獄引くも地獄の泥沼と定義して、足掻き、挑み、探すだけだと歌う。

異端と言われていた彼らがストイックに自分たちと自分たちが目指す音楽に挑み続け、果てしない練習を経て、最近のワンマンのライブでは3時間弱ラップして、出音、ライト、PAノーミスでやり遂げる。

14年前に有名だったラッパー達はごく一部を除いて表舞台から姿を消していった。

ショービジネスは上がり下がりの激しい業界だけど、彼らは評価を高め続け生き残っている。異端な音楽が長い時間と努力を経てその業界の中に居場所を作り確固たるポジションを確立したのをリアルタイムで見た。

 

最初に聴き始めた頃から芯はブレずにやるべく事をやり、やるべき事をやるかやらないかは自分次第だと訴える

今回の酒を止めた事や、脱サラ、自分の中での挑戦をしようとする時に彼らが発してきたメッセージやフレーズが頭に湧き上がる

 

 きれい事だけじゃ続けられねえ まぐれは何度も起こるわけねえ

空きっ腹じゃチャンスは待てねえ 暮らしは続く明日は果てねえ

明後日になればこのはした金は跡形もなくただ消え去るだけさ

伊達や酔狂お遊びはやめだ あがき 挑み 探すまでさ

 

 

16年前の夏、彼らはここにいた。


THA BLUE HERB

 

禁酒160日目 これもまた酒をやめたからこそ

 

毎日電車を使っていると酒の広告が多いなあと思うことしきり。

僕は飲酒していた時からストロング系の酎ハイと第三のビールは数えるほどしか飲んだことがなかった。味もデザインも悪いし酔い方が嫌いだった。

電車の広告ではその辺が多いので、飲酒欲求に結びつくことが全くない。

安酒の提示する広告世界に感化されてその世界に浸ろうとする人は人生もったいないなあと思う。

 

酒をやめて素面で過ごす時間が増えた。

素面で過ごす時間が増えたことで、運動をするようになった。

運動をする事で肉体的なストレスが少なくなってきた。

肉体的なストレスが減ったことで精神的なストレスも減らそうと思うようになった。

という事で脱サラします。

10月から身一つで仕事して、人生の目標を達成したい。

自分しかいないから、健康に人一倍気をつけなきゃいけないし、

これから死ぬほど頭を使わなきゃいけないのでこれ以上馬鹿になりたくない

だから酒は飲みたいとかじゃなくて、飲めない

やめられる事のなかった酒をやめて、友達の後を追っかける少年だった自分が仕事独立してみようなんて少し前まではつゆほども考えていなかった。

なんていうか。こうなる人生の不思議が楽しい

 

 


Dobie gray- drift away

 

Oh, give me the beat boys and free my soul
I wanna get lost in your rock and roll and drift away
Oh, give me the beat boys and free my soul
I wanna get lost in your rock and roll and drift away

  

禁酒116日目 My 2016 Summer Song

 

最近読んだ本

不毛地帯

新世界より

天使の囀り

粘膜人間

 

友達からキンドルごと借りて入っていた本を色々みてたんだけど、酒飲まないと読書できる量が違いますね。

不毛地帯は熱かった。物語の面白さと政治力の力学的なところに熱くなった。あと二周は見たい。

新世界よりは設定と展開も面白かったし藤子・F・不二雄『流血鬼』的なテーマがまたよかった。

読書熱が盛り上がってきたのは久しぶりだなー、この3年くらい小説はほとんど読んでなかった気がする。酔うことがないから長めのものを読んでも読書が途切れない

こうやって酒を飲まないメリットを一つずつ実感して酒から距離を離れるようにしよう

 

今も変わらず仕事とジョギングと筋トレの日々。鍛える続けるを繰り返し続ける。

今までブルートゥースのイヤフォンを使っていたけど、30分超えて走っていると、イヤフォンと耳の穴の間に汗が溜まり、途中から聞こえなくなってしまう事が多かったので、耳掛けタイプを購入。初ゼンハイザー

1万円ちょっとのスポーツ用途、にもかかわらず、テクノの聞こえ方が段違いで耳掛けも痛くならないし、いいアイテムを手に入れられた。

前の土曜日早起きして、想い出の四つ打ちを聞きながら人出のない日本橋、大手町のオフィス街を通り抜けて皇居まで走って、皇居一周して来た道帰って最寄りのすき家で朝飯食べて

まだ10時台みたいな

初夏 皇居 土曜日 朝方 キーワードが並ぶだけで最高

 

僕はこの何年かなるべく夏の一曲を決めてて、

なんとなく見ていた映画『ゼロの未来』のメインテーマで最近久しぶりにどハマりした曲が

今年のサマーソングに決定

酒を止めて、すこーしだけ世界に対しての疎外感を感じていることも投影して、今年の曲っていう感じで。

曲がいいのは言わずものがな、映画の内容ともリンクして味わい深いっていうか映画でこの曲の使い方がめちゃくちゃ素晴らしかった。

このアンニュイな歌声とゆるふわな演奏を夏の真昼間の街中で聞いたら白昼夢ですな

見るからに繊細なトムヨークが歌うオリジナルもいいけど、こういうセクシーでイケてる女性が内省的な歌を歌う構図がまたいい

っていうかso very special は歌ってるあなたじゃん、みたいな

 


CREEP - Karen Souza

Essentials

Essentials

 

 最後の曲『smooth operater』 のアレンジも痺れる。

 

禁酒90日目 Smokin'

今日で禁酒90日達成!! 3ヶ月をひとつの区切りにしていたので嬉しい。

次は100日目と半年ですかね。ジョギングも土曜に20km走れたし、いい感じ。

 

ゴールデンウィークで合計100km走れた。ジムも3回行けた。

走るか筋トレをするか映画を見るか友人と会うかといういい感じの休みだった。

アニーホール

ツインピークスエピソード7まで

マッドマックス1、2+マッドマックス怒りのデスロード

真実の行方

バタフライエフェクト

ビジット

ゲーム

 

 

アニーホールいいですね。

アニーの歌が流れるシーンは今思い出してもしんみりする。

 

今月でタバコを止めて丸6年を迎えた。

禁煙のプロセスを経験しているので、今回禁酒をするにあたっての依存、習慣をなくす気持ちの整理的なところは横回転で対応できていると思う。

まずは頭で理屈とデメリットをしっかり理解して、洗脳を一度リセットして、日常の記憶を、酒やタバコがなくなってからの日々で上書きしていく作業は、共通しているように思う。

自分たちが今生きている現実は、無数にある宇宙のひとつのようで、時間が進むに従って、違う選択肢を選んだ平行世界が生まれ続けているという事が、科学的な考え方であるようです。タバコをやめられなかったパラレルワールドにいる自分は、酒をやめようなんて1mmも思わないんだろうな

タバコを止めてからブクブクと太り、60キロから一時は76キロを超えていた体重もこの3年くらいで63キロまで落とし、ダイエットもまあまあな感じで続けられている。

 

今はひたすらジョギングと縄跳びと筋トレを繰り返そう。

タバコと酒をやらずに運動しまくっている30代、というあちら側から見たパラレルワールドを自分は今生きている。

 


Humble Pie - C'mon Everybody

 

禁酒82日目 もう少しでジョギング目標達成

3月116km 4月123km 5月の目標取り敢えず100km越え。

ジョギングの目標10km55分台は4月にクリアできた。長距離の方は日曜20km目標で走ったんだけど荒川土手を走る無遠慮の自転車達に萎えまくって18kmまでしか走れなかった。でも今週土曜か日曜にリベンジする予定。

筋トレは順調に継続していて、あと1ヶ月すれば6パックになるんじゃないかとの予感。そして6月後半か7月頭からボクシングを始めようかと。

飲酒欲求は思い出して覚えているほどのものは無くなってきたし、飲酒欲求を意識することを意識しないようにする段階にきている。

 

最近走るにしても筋トレするにしても改めて体を動かすことの重要性を感じている。

パソコンを触っていれば人と金が動いて経済が成り立つヴァーチャルな世界はまるでマトリックスみたいだ。

走ったり筋トレをすると、この歳でなんでこんなキツいことしなきゃいけないのと思うくらいマジでキツい。けどキツいのはリアルな実感だ。更なるリアルを求めてブン殴ったりブン殴られたりしたい、ファイトクラブのように。

 

何てわかったような事を初対面の人にも普段いきなり話して、あー痛い痛い。

 

五月の夜はこんな曲を聞いていたい。

 


A Little Warm Death - Cassandra Wilson

 

 

禁酒71日目 I want to be your man

禁酒をスタートしてから71日目を迎えた。この間に20日くらいは飲み屋へ行っていたと思う。

初めの頃は酒を飲んでいた時と同じ気持ちで飲み屋を過ごしていたのが、やっぱり勝手が違うので、目指すものが変わってきた。

話題がいい感じにスイングして、話が聞き取れるくらいに程よく周りがガヤガヤしていて、料理は美味しいし椅子は座り心地よし、みたいなリラックスできる環境ならもはや喰い気味で行きたい。そして安居酒屋で2時間誰かの愚痴に付き合うっていうのは素面では出来るだけ避けたい、っていうかこっちが飲まないし酔わないから自然と声がかからなくなる。

こういう価値観が分かる相手とは飲みに行きたいと思うし行ったら実際楽しい。

先週の日曜に友人と友人の親族と近所へ飲みに行って、完璧なマルゲリータというメニューがあるイタリアンでうまーい飯といい感じの会話を楽しみつつ、4軒目に男女4人でおかまバーに行ってもウーロン茶でいい感じに過ごしていた。

この日初めて会う友人の友人が美人だったが踏み込んだ話ができなかった。

踏み込んだからといって何が起きたわけじゃないけど、そういう場面で酒の勢いを借りれないことが唯一見付けた禁酒のデメリットかもしれない。

 

 

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ドヤ顔でここまで言えるようになりたい。 

 

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禁酒63日目 メキシコでの日々

この話のオチは、こんな自分でも禁酒する気になったよ。という話。

 

25歳、巷によくいる若者の一人として、仕事の奥深さにも気付かず、現状を打破する行動も起こさず、それなりに気をかけてくれていた人の期待にも応えず、勝手な思い込みで会社を辞めた。

辞めた理由がテキーラを仕事にしたいというぼやーっとした理由だった。

伝手もなければ努力もしないまま、現実逃避の日々に入った。

辛うじてやっていた事が、仕事を辞めてからスペイン語を勉強して、半年くらいは週3でゴールドジムとジョギングをしていた。スペイン語を勉強するよりもニコニコ動画を見ていた時間の方がはるかに多かったけど、、、

旅に出る前の半年間はメキシコ料理屋でお手伝いをしながら店にあるテキーラを片っ端から飲み、味の違いを覚えていった。

旅立ったのは会社を辞めた10ヶ月後、それから3ヶ月のメキシコの日々が始まった。

 

出発は二日酔いでマジ飛行機とか無理、状態でも機内のドリンクサービスのテキーラで上がり、

タバコが吸いたいタバコが吸いたいと呪文を唱えながらメキシコシティーに着いた。

国内線へ乗り換え、降り立ったのがメキシコ第二の都市グアダラハラ

ここが最初の出発地だった。

四方5キロ未満の小さな町、っていうか村がテキーラ村で、そんな小さな村から生まれた酒が世界を駆け巡り今や欧米やアジア圏の人々が知る酒となった。

グアダラハラからテキーラ村へは、テキーラエクスプレスというテキーラ飲み放題の間にテキーラ村に到着するという夢のような交通手段が有名だが、

取り敢えず、僕は泊まっていたバックパッカーのツアーで最初の1週間のうち2回行ってみた。

蒸留所を回り、試飲しては飲み、回り、飲みを繰り返し、2回目のツアーで酔っ払って帰って寝込んでしまっている間に色々盗まれたのは色んな意味でイタイ思い出だった。

1週間が過ぎて、1ヶ月語学学校に通う間ホームステイをしていた。

休みの日はテキーラ村やテキーラ村以外の蒸留所が固まっている地域へ行き、平日はその感想などを書き留め、スペイン語を勉強していた。

少しの準備期間と小学校レベルの語学の授業を受けたところでまともに喋れるわけもなく、パソコンも持っていなかったので、この間は勉強するかテキーラの事を考えるか撮った写真を見返してどうやったらいい構図になるのか考える、という3つ位しかやる事がなかった。

語学学校とホームステイが終わり、再度テキーラ村へ戻り、今まで週末の日帰りでしか行けなかったテキーラ村の夜を体験した。

昼間の観光地の顔と違い、小さな村にゆるい夜の時間が流れる。

石造りのコロニアル建築にオレンジの街灯が点り、テキーラの原料のアガベの甘い匂いを風が運ぶ

ふらっとバーに行ってみてテキーラを一杯飲んだあと辺りを散歩しながら、夢心地に浸っていた。

 

テキーラを知識として知るということに関しては、メジャーどころの蒸留所は回り、観光やツアーで行けない蒸留所に交渉して見学させてもらったりして、自分なりにいいところまで見れた感触があったので、後半戦

その頃の自分の最大の興味でもあったレイブパーティーに絞った旅をスタートさせた。

レイブというのは野外でやる音楽イベントのテクノ、トランス版みたいな感じです。

パーティーを探して、パーティーのある町へ滞在してまた南下する。というのがコンセプトに決まりこれは移動するメリハリにもなった。

金持ちだらけの別荘のパーティーや、メキシコシティー最大のレイブに行ったり、ボブディランも修行したと言われるシャーマンのいる村で過ごしたりしつつ、最後の目的のパーティーのあるビーチに辿り着いた。

そこは色々とぶっ壊れていたビーチで、ヌーディスト達がビーチバレーをして、食事をしていると知らないおじさんがマリファナLSDはいらないかと聞いてきて、夜になるとおかまの人たちがワラワラと出現する不思議なビーチだった。

僕はDJブースの後ろに一人用テントを建てて4日間を過ごした。

旅も終盤で、やっとある程度のスペイン語の会話が出来るようになり、友達もできたりしながら楽しくやっていた。ガラの悪い地域出身の男の子達と行き違いがあったときや、荒れた感じの夜などそれでもちょっと怖い時があったが

最終日の明け方、DJは抑えめのテクノを流す。

波打ち際で踊りながら、ああ俺の旅はここがゴールなのかな

という事を思った。

 

テキーラに関しては、それから色々当たってみたけど仕事に結びつかず結局は仕事にできなかった。少しの時期に情熱を傾けた酒だけど、今は地続きでなくてもいい。

情熱を傾けたからこそいい思い出が人生の一部として体に残っている。

人生でテキーラはしこたま飲んだ。本当に。

 

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